カブクコネクト

機械設計者が知っておくべき金属材料の基礎知識 第三回 特殊鋼の基礎知識

本連載では、技術士の奥野 利明先生に、全4回にわたって金属材料について解説いただきます。

本日は「特殊鋼の基礎知識」についてご説明いただきます。

特殊鋼は炭素鋼の特性をより強化するために、炭素以外の元素、合金元素を添加したものであり、
強化したい特性によって添加する元素も量も変わるため、多くの種類があるが、特殊鋼の基本は炭素鋼である。

このため、特殊鋼の特性を理解するためには、炭素鋼の特性の理解も必要である。

 

1.特殊鋼の基本

一つの定義として、「特殊鋼とは、炭素鋼に1種類以上の添加元素を含み、添加元素により特殊な性能が発現した鋼」と言える。
このように定義すると、ポイントは以下の3つである。

・添加元素は、意図的に添加することが必要であること。
  不純物として存在しているものは、添加元素とは言わない(従って、そのような鋼を特殊鋼とは呼ばない)。
・添加元素は金属元素だけとは限らないこと。
・特殊鋼のふるまいは、添加元素によって変わるが、炭素鋼が基本である。

炭素鋼と特殊鋼の境目については、いくつかの定義があるが、添加元素に注目した例を【表1】に示す。
また、特殊鋼は「低合金特殊鋼」と「高合金特殊鋼」に大きく分けられ、おおむね添加元素量の合計が数%までであれば低合金合金鋼、10%以上であれば高合金特殊鋼に分類される。
ステンレス鋼は添加元素量が10%以上となるため、高合金特殊鋼の一つのカテゴリとなる。

 

(1)特殊鋼の分類方法

①平衡状態図による分類

添加元素によりオーステナイト領域が大きくなる元素をオーステナイト生成元素、
その逆をフェライト生成元素と呼ぶ【表2】。

 

②オーステナイト⇔フェライト変態点(A3点)による分類

特殊鋼は通常、熱処理を行って用いる。
このため、変態点温度及び変態点での変態速度は、その特殊鋼の特性に大きな影響を及ぼす。

・変態温度が低下し、変態速度が遅くなる(例:ニッケル、マンガン)元素を添加した場合は、
 オーステナイト域が拡大すると同時に、マルテンサイトを生成しやすくなる効果があり、
 添加量によって大気中に放冷するだけでマルテンサイトが生成する(急冷を要さない)場合もある。

・変態温度が上昇する(例:クロムとタングステン)元素を添加した場合は、焼き入れ時に冷却を完了するまでの時間が長くなる。
 また、添加量によってはオーステナイトが消失するため、マルテンサイトが生成しなくなる。

 

③炭化物の生成傾向による分類

特殊鋼も、炭素鋼と同様に、添加元素と鋼中の炭素によって生成する炭化物を利用して機械特性の強化を図ることができるが、
添加する元素が鉄よりも炭化物を作りやすいか否かで強化機構が異なる。

・鉄よりも炭化物を作りにくい元素(ニッケル、コバルト、アルミ、シリコン、銅など)は、
 先に鉄の炭化物(セメンタイト)が生成するため、添加元素はその大部分がフェライトに固溶する。
 つまり、これらの元素が含まれる特殊鋼の組織は、炭素鋼とあまり変わらない。

・鉄よりも炭化物を作りやすい元素(マンガン、クロム、モリブデン、バナジウム、ニオブなど)は、
 セメンタイト中に置換型で固溶する。
 多量に添加すると、添加元素だけで炭化物を作り、この炭化物がセメンタイトと同様に特殊鋼の特性に大きな影響を与える。
 炭化物は、元素の添加量の増加に従い、M
3C→M7C3→M23C6と組成が変化していく。
 これらの炭化物は、いずれも極めて硬く、そして脆いのが特徴である。
 これらの炭化物をどのような形で組織中に存在させるかは材料設計上重要で、「焼きなまし組織図【図1】」に図示される。

 

(2)特殊鋼の熱処理

特殊鋼は、炭素鋼の特性を強化するために元素を添加している鋼のため、特殊鋼の熱処理も、炭素鋼の熱処理と同じ考え方となる。
特殊鋼は元素を添加するだけで強化しているのではなく、熱処理によって添加元素の効果を発揮させる材料である、と言える。

一般的に、添加元素により、特殊鋼の焼入硬化能は非常に大きくなる。
この「焼入硬化能」は、焼き入れ硬さとは関係無く、いかに深くまで焼きが入るか、ということを示す指標だが、
これが大きいと、大きな製品でも、内部まで均一に焼きが入る、という意味を持つ。

なお、炭素鋼と異なり、特殊鋼の場合誤った熱処理を行ってしまうと救済することは非常に困難となるため、熱処理は慎重に行う必要がある。
また、いわゆる一般的な熱処理だけでなく、溶接や、グラインダー研磨のような、
局所的に加わる熱によっても熱処理と同様の現象が発生することにも留意する必要がある。

 

2.低合金特殊鋼

(1)機械構造用特殊鋼(SCM/SNCM)

機械構造用特殊鋼は、機械の重要部分に使われる特殊鋼であることから、特性として、
「強度が高い」「粘り強い」「加工しやすい」の3点を、炭素鋼よりも高いレベルで満たすことが必要になる。
加工性のバランスを考慮して炭素量は中炭素鋼レベルにとどめ、強度と脆さのバランスを考慮して合金元素をあまり多く添加していないため、
「中炭素鋼ベース」の「低合金鋼」となっている。

クロムモリブデン鋼(SCM)
 SCMはベースとなるクロム鋼(SCr)の持つ、「熱処理が難しい(過熱過敏性)」「オーステナイト結晶粒の粗大化を引き起こしやすい」「焼き戻し脆性が顕著なため、焼き戻し後に急冷必須」という欠点を改善するためにモリブデンを添加する。これにより、欠点の改善だけでなく、さらに高温でのクリープ抵抗性が高くなるという特性が付与され、高温高圧の環境下で用いられることも多い。しかし、焼入硬化能があまり高くなく、大型部品では内部まで焼き入れするのが難しいという欠点があるため、用途としては、高温高圧用のパイプ材、ボルト・ナット、シャフト軸など、あまり大きくない製品に広く使われる。

 

ニッケルクロムモリブデン鋼(SNCM)
 ベースとなるニッケルクロム鋼(SNC)は、ニッケルとクロムの同時添加により、それぞれの欠点を打ち消すような効果が生じ、
結果として焼き入れ温度が少々違っても同じような特性が出る「鈍感力」が生じる。この鈍感力はニッケルクロムの同時添加鋼だけがもつ特性である。
ただ、クロムモリブデン鋼と同様に焼き戻し脆性が生じやすいため、モリブデンを添加することで解決している。
SNCMは、エンジンのクランク軸に代表されるような重要部品の素材、また、焼入硬化能が高いことから大型部品の素材として多く用いられる。
なお、モリブデンと同じ機能を持つ元素は他にもバナジウムやタングステンなどがあるが、これらの元素の中でもっとも少量で済むのがモリブデンであることから、よく用いられる。

 

高張力鋼(ハイテン)
 High Tensile Steelの名前の通り、張力すなわち引張強度を高くすることが要求事項であり、炭素鋼の5倍程度の強度のものが実用化されている。
高張力鋼のベースは、0.2%C以下の低炭素鋼だが、具体的な用途により非常に細かな要求事項があり、機械構造用合金鋼に比べると使用する元素の数が多く、
個々の元素の添加量も小さく、全部合わせても2~3%程度である。
高張力鋼は規格化されているものは機械的特性のみであり、顧客との協定によって成分が決まることもあって、具体的な組成はほとんど公開されていない。

 

3.高合金特殊鋼

(1)高マンガン鋼(10~15%Mn)

高マンガン鋼は、おおよそ1%程度の炭素を含み、高温から急冷することによって常温でオーステナイト組織をもつ鋼になる。
また、高マンガン鋼は焼き入れで硬くならず、逆に軟化するという特性を持つ。
オーステナイト組織であるため、加工硬化性が高く、加工するとその部位が非常に硬くなることから、非常に切削することが難しい材料としても知られている。

加工硬化性が高いことを活かし、防弾チョッキに使われていた(防弾鋼)。現在は、キャタピラの部材として多く用いられる。

(2)工具用特殊鋼

工具用特殊鋼は、「硬いこと」「耐摩耗性に優れること」の2つの要求特性を満たす必要があることから、
高炭素鋼をベースとして、タングステンまたはクロムとモリブデンを添加した鋼である。

主要な材質として、耐摩不変形工具鋼(SKD11)と熱間加工用工具鋼(SKD61)がある。
耐摩不変形工具鋼は、粘り強さも求められるため、タングステン、クロムモリブデン鋼(クロモリ)をベースに非常に種類が多いのが特徴である。
熱間加工用工具鋼は、高温硬さが重要であるため、炭素量を控えめにした材質となっている。
同じ工具鋼で材質名も良く似た材料であるが、この2種類は強化機構が全く異なることに注意が必要である。

SKD11は、クロム添加によってマルテンサイトを多く生成し、熱処理で硬さを出す。
マルテンサイトを使っているため、マルテンサイト変態を誘起する温度域(おおむね300℃以上)では使用できない。

SKD61は中炭素鋼がベースであり、550℃程度の温度で焼き戻した時に軟化を起こさず、
モリブデンの炭化物の生成により逆に硬くなる現象(二次硬化)を使って強化している。
強化機構としてマルテンサイトを使っていないため、高温で強度が落ちることはない。

 

4.ステンレス鋼

ステンレス鋼は高合金特殊鋼に分類される。低炭素鋼をベースにしたニッケル、クロム添加鋼であり、
最終的な組織によって、フェライト系、マルテンサイト系、オーステナイト系に大別される。

また、「ステンレス」という呼び名は、添加したクロムによって、表面に不働態被膜が形成され、
さびが発生しなくなることによるが、すべての環境でさびないステンレスは存在しない。

 

 

(1)フェライト系ステンレス鋼

フェライト系のステンレス鋼は、オーステナイト域が存在する範囲でクロムを添加したステンレス鋼である。
一般的には、クロム添加量が多いと脆くなるが耐食性は向上する。

オーステナイト域から焼き入れることによる硬化を強化に用いている。
また、クロム炭化物は脆さを生じるため、焼き戻しにより炭化物を無害化する。

 

(2)マルテンサイト系ステンレス鋼

基本的な組成はフェライト系ステンレス鋼と同様だが、焼き入れ時のマルテンサイト変態を利用して
硬くするステンレス鋼となるため、炭素量が多いのが特徴である。
ステンレス鋼としては最高の強度、硬さを得ることができるため、耐摩耗性を要求される用途に使われる。

高炭素のため、クロムが炭素と結びついて炭化物になり、フェライト中のクロム量が相対的に低下することから、
フェライト系ステンレスに比べると耐食性が落ちる。

 

(3)オーステナイト系ステンレス鋼

クロムに加えてニッケルを合金したことで、フェライト系よりも耐食性、高温特性を増した特殊鋼である。
ニッケルを多量に添加しているので高価になるという欠点はあるが、常温でオーステナイトにすることで、加工性を高め、
かつ、加工硬化による強度向上も行える素材である。素材の製造条件によっては炭化物やフェライトが混じるため、
これを固溶させて無害化し、オーステナイト単相とするための熱処理が行われる。

オーステナイト系ステンレスは、磁性を持たない(磁石に付かない)という特性をもつことから、
サージカルステンレスと呼ばれ医療用用途にも使われる。

 

(4)ステンレス鋼の欠点

①粒界腐食

耐食性を上げるクロムは、炭素と結びつきやすい性質を持つため、炭素の多いマルテンサイト系ステンレス、
クロムの多いフェライト系ステンレスに顕著に発生する。
クロムよりも炭化物を作りやすい元素を添加する対策が取られる。

②475℃脆性

マルテンサイト系、フェライト系ステンレスの焼き戻し温度が400~600℃の間であった場合に
極端な脆化および強度低下が発生する現象を指し、その発生機構はまだ解明されていない。
対策としては熱処理時にこの温度域をできるだけ早く通過させることだが、溶接や切削などの加工、高温環境での使用によっても発生するため、
オーステナイト系ステンレスで代替することも行われる。

③応力腐食割れ

オーステナイト系ステンレスの欠点であり、部材に引張応力と腐食性の環境が揃うと、
その部分が脆化し割れが発生するもので、発生機構はまだ解明されていない。
溶接部の残留応力により発生する事も多い。
対策として、ニッケルの増量、銅の添加などの他、ショットピーニングによって引張応力を緩和する手法も取られる。

 

奥野技術士事務所 代表
奥野 利明

大学院修士課程(金属工学専攻)修了後、大手鉄鋼メーカーに入社。主に鉄鋼製造の現場において操業技術管理、設備管理、品質管理を担当し、その後、製品企画、プロセス技術開発、技術企画、品質保証業務(QMS品質管理責任者)を経験。2021年に退社し技術士事務所を設立、金属製品製造における品質管理、および航空宇宙製品の品質保証について、現場目線での再発防止の仕組みづくりを積極的に推進している。

現在、公財)新産業創造研究機構の航空ビジネス・プロジェクトアドバイザー、産業技術短期大学非常勤講師を務める。

 

最短5秒で見積もり、発注