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機械設計者が知っておくべき金属材料の基礎知識 第二回 炭素鋼の基礎知識

本連載では、技術士の奥野 利明先生に、全4回にわたって金属材料について解説いただきます。

本日は「炭素鋼の基礎知識」についてご説明いただきます。

奥野技術士事務所 代表
奥野 利明

大学院修士課程(金属工学専攻)修了後、大手鉄鋼メーカーに入社。主に鉄鋼製造の現場において操業技術管理、設備管理、品質管理を担当し、その後、製品企画、プロセス技術開発、技術企画、品質保証業務(QMS品質管理責任者)を経験。2021年に退社し技術士事務所を設立、金属製品製造における品質管理、および航空宇宙製品の品質保証について、現場目線での再発防止の仕組みづくりを積極的に推進している。

現在、公財)新産業創造研究機構の航空ビジネス・プロジェクトアドバイザー、産業技術短期大学非常勤講師を務める。

 

鉄鋼材料、特に炭素鋼は、鍛錬や熱処理などの加工によって材質を作りこむことができるという、他の金属材料にはあまり見られない特性を持っている。炭素鋼が持つ基本的な特性とその効果を知ることで、加工による製品の特性変化も予測できるようになる。

 

1.鉄炭素系の状態図

(1)平衡状態図

 

炭素原子は鉄原子の60%程度の大きさ(半径0.77)で、鉄の結晶構造の間に入り込む侵入型で固溶する。常温におけるフェライトの結晶構造では、一番隙間が大きい場所でも半径換算で0.36Å程度の隙間しか存在しないため、フェライトの中には炭素はほとんど入り込むことができない。オーステナイトでは、半径換算で最大0.53Åと、炭素原子半径よりは小さいが、フェライトよりも大きい隙間があるため、オーステナイトは、2%強の炭素を含むことができる。

 

鋼中では、炭素は侵入型元素として固溶するだけではなく、鉄とセメンタイト(Fe3CFe-6.67%C)という斜方晶系の化合物を生成する。通常炭素鋼中では、炭素はセメンタイトとして存在するため、「鉄炭素系の平衡状態図」として、「鉄セメンタイト系の平衡状態図」が通常用いられる【Fig.1】。

 

 

 

の平衡状態図からわかるように、S(0.77%C)の組成をもつ炭素鋼は、オーステナイト(γ)からフェライト(α)+セメンタイト(Fe3C)に変態する。この組成を持つ炭素鋼を共析

鋼、それよりも炭素量が少ない鋼を亜共析鋼、多い鋼を過共析鋼と呼ぶ。オーステナイトからフェライトへの変態が起きる温度をA1点、A1温度と呼び、組成によらず727℃で一定となる。このA1温度よりも下で存在するフェライト(α)+セメンタイト(Fe3C)は、通常はパーライトとして存在する【Photo.1】。

 

平衡状態図は、「ある組成を持つ合金系が、ある温度で平衡状態になった時にどのような状態で存在するか」を示したものであり、温度と組成の2つのパラメータで示すが、加熱や冷却といった時間を含む情報は図示されない。これらを図示したものが「恒温状態図」【Fig.2】「連続変態曲線」【Fig.3】である。どちらも、鋼中の炭素量を固定し、温度と時間をパラメータとして表示したもので、「恒温状態図」は、ある温度で保持した際に現れる組織を、「連続変態曲線」は一定の冷却速度で冷却した場合に現れる組織を示したものである。いずれの状態図についても、同一炭素量の鋼であっても、温度および時間のかけ方(すなわち、冷却の方法)によって、さまざまな組織を作り分けることができ、特に「ベイナイト」「マルテンサイト」は、平衡状態図では現れず、「恒温状態図」または「連続変態曲線」で初めて現れる組織である。


(2)マルテンサイトとベイナイト

マルテンサイトはオーステナイトから急冷することで発生する組織で、フェライトの体心立方格子(BCC)を引き伸ばした体心正方格子(BCT)と呼ばれる構造を取る。炭素が入り込んだことによってできた歪みを、結晶格子を変化させて吸収した構造であり、残留応力を内部に抱えている。このことから、鋼の強化には重要な役割を果たす構造である。

ベイナイトは、マルテンサイトと同じように冷却によって生じる金属組織であるが、組織の生成する温度と冷却速度がパーライト変態とマルテンサイト変態の間にあるものを指し、ベイナイトとしての固有の形態を持たない。フェライトでもオーステナイトでもマルテンサイトでもない、中間段階の組織(Zw:中間段階変態組織)とも呼ばれる。

2.不純物、偏析、介在物

(1)不純物

通常炭素鋼として流通している製品も、炭素と鉄だけではなく、不純物として複数の元素が混入している。Table 1に、これら不純物のうち、特性に大きな影響を与える元素を示す。

(Cu)は、鉄鋼の製造プロセスの中で除去することが難しい、トランプエレメントと呼ばれる元素であり、かつ少量の混入で脆くなる。

水素(H2)と酸素(O2)はともに気体だが、水素は、鋼中に存在すると脆くなる性質(水素脆性)があり、酸素は他の元素と結びついて介在物と呼ばれる異物を生成する原因になる。

リン(P)と硫黄(S)は、それぞれ意図的に添加されることもあるが、基本的に特性を悪化させる元素である。意図的に添加される場合は、製造プロセスを工夫することで介在物とならないような対策が施される。

 

(2)偏析

マクロ偏析は、不純物が局所的に濃縮析出することにより発生する欠陥であり、不純物を減らすとともに、鋳造時に最後に固まる傾向であることを利用してその部分を切り離すことで処置される。また、残った偏析も製造プロセスの鍛錬及び熱処理にて無害化できるため、現在では製品に残ることは多くはない。

鍛錬の工程で発生する偏析の代表的なものとして、圧延偏析がある。マクロ偏析が無害化できない場合、およびプロセス自身の不具合(例えば、加工温度が低すぎる等)がある場合等に生じる。

 

(3)介在物

鉄鋼材料では、介在物として検出されるのは不純物として存在する非金属元素と金属が化合してできる非金属介在物であり、これを内生的介在物と呼ぶ。製造工程で混入することが多い耐火物は、外生的介在物に分類される。

 

内生的介在物である非金属介在物は、JIS規格に定義されており、A系・B系・C系の3つがある。A系は加工によって顕在化したもので、比較的やわらかい硫化物系の介在物である。B系もA系と同じように加工によって顕在化したものだが、A系よりも固い介在物であり、最も一般的なのはアルミナ(Al2O3)である。C系は微細な酸化物や炭窒化物が分散した形態をとり、鋼が凝固するプロセス以前に原因が存在する事が多い。

これらの内生的介在物を減らすために、素材メーカーでは、精錬時や鋳造時に、鋼中酸素を減らすとともに酸素が入り込むことを防ぐ目的で、真空溶解・真空鋳造の技術が使用される。

 

3.炭素鋼の強化

通常、金属材料を強化する場合は、合金元素を添加するのが一般的であるが、炭素鋼の場合は、成分を加えることなしに強化することができる。このことが、炭素鋼が広く使われている一つの理由でもある。

 

(1)熱間加工・冷間加工

熱間加工は、オーステナイト域での加工によって、オーステナイトの結晶を強く変形させ再結晶させることによる結晶粒の均質化を行うことで、粘り強さ・靭性を向上させる強化手段である。再結晶粒の粗大化を防止するために、加工終了温度が変態線の直上となるように加工を行うのが望ましい。

冷間加工は、オーステナイトが存在しないA1よりも下の温度で行う加工を指し、加工硬化による強度向上を図る。炭素量が多いほど、少ない加工度でも強度の上がり方が大きい【Fig.4】。

 

 

 

(2)焼きなまし(焼鈍)と焼きならし(焼準)

焼きなましは、偏析を軽減し、素材の中に残っている残留応力を取り除き、加工を容易にする目的で行う。

焼きならしは、鋼組織を細かくするために行う。一旦オーステナイト域まで温度を上げ、一定時間保持し、全体が十分オーステナイトに変わってから、マルテンサイト化しない程度に急冷(通常は空気中で放冷)する。

 

(3)焼き入れ

焼き入れはマルテンサイト変態を利用して鋼を硬くする手法であり、フェライトが存在しない温度から急冷する。焼き入れの効果を十分に出すためには、オーステナイト粒が大きくならないようにするため、焼き入れ開始温度はあまり高すぎない方がよい。

(4)焼き戻し

焼き戻しは、焼き入れと同時に行われる熱処理で、焼き入れによってマルテンサイト化した炭素鋼内部の残留応力を取り除くために再加熱を行うことを指す。焼き戻しの温度は、低い炭素量の鋼の場合は、要求特性に応じて温度を決めれば良いが、炭素量が高くなると、特性の低下を招く温度域があることに注意して温度を決める必要がある【Fig.5】。

 

(5)浸炭・窒化

炭素鋼のごく表面に対して実施するもので、浸炭は、表面だけ炭素量を大きくし、マルテンサイトを活用して硬くする処理であり、窒化は窒化物を生成させることによって、硬度だけでなく、耐磨耗性を向上させる処理である。浸炭、窒化による処理は、製品の部位によって必要な特性を付与するような素材「傾斜機能材料」の一種でもある。

 

 

4.炭素鋼の種類と特性 

 (1)一般構造用炭素鋼(SS***

一般構造用炭素鋼は、熱処理を要する用途には適さない。これは、JIS規格では不純物以外の成分が規定されていないことによる。すなわち、機械的性質を満足すれば、どんな成分でも良いということになり、成分が分からない以上、熱処理によって特性を調整することが実用的ではない事による。実際に、SS400鋼材の成分は【Table 2】のように製造者によるばらつきがあり、同一規格だから全て同じ成分というわけではない、ということに十分留意する必要がある。国際的にみても、SS400相当の鋼材としては、成分を規定していない規格はJISのみである。

 

(2)機械構造用炭素鋼(S**C

機械構造用炭素鋼は、熱処理を行うことを前提に規格化されており、一般構造用炭素鋼では具体的に決まっていなかった成分が定められているが、逆に機械的性質は定まっておらず、一般構造用炭素鋼と逆の関係になっている。