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1ランク上の品質、コストを実現する幾何公差の逆転活用法 第2回 設計意図編「重要な箇所にこそ使う」

技術士の折川先生による連載「1ランク上の品質、コストを実現する幾何公差の逆転活用法」です。第2回は設計意図編「重要な箇所にこそ使う」です。

 

はじめに

品質とコストのバランスのとれた設計を実現するための幾何公差活用術について解説する本講座の第2回目は、「設計意図」というキーワードを取り上げる。
メカ設計の現場でも幾何公差を用いた図面表記法は徐々に浸透しつつあるが、専門書籍や規格類などを参考にしながら作法を守った図面作成に集中した結果、設計時点で重要ポイントと考えていた箇所以外にも過大、過剰な加工や測定作業が入り、想定外の高コスト部品となってしまう例がある。
本稿では、設計者が本来目指していた機能と品質、すなわち「設計意図」を幾何公差を用いてどのように図面上に表現するか、その手法や考え方について解説する。


幾何公差の目的を理解する

■曖昧さのない図面とは

図1は前回(第1回)紹介したもので、左の角ブロックに丸穴が2つ開いた部品の幾何公差指示図面が右側となる。

図 1 幾何公差を適用した図面例

幾何公差使用の基本的な目的は、図面から曖昧さを排除し、形体定義を厳密にすることにある。
従来の図面表記法は2点間サイズによる測定が前提となっており、例えば平行な2面の距離はノギスで何か所か測定して、その計測値がサイズ公差内に入っていればその2面間の寸法は図面通りと判断される。
この場合、面に設計が意図しない凹凸や傾斜があったとしても検査判定はOKとなるため、部品として使えない、機能しないものが納入される可能性は否定できない。
そのため幾何公差記法を導入し、図面上の曖昧さを排除して完璧な形体定義を行なうことは、部品品質を確保するためには重要であると言える。

 

■設計意図を反映した図面とは

ここで、図1の部品が実は図2左に示すように2つの部品の間に挿入されるスペーサであるとしよう。
その場合、この部品にとって重要なのは上下2面の平行度のみである。
言い換えれば、この平行度さえ確保できればスペーサとしての機能は十分果たせ、これが設計意図そのものとなる。
この設計意図を明確にした幾何公差指示図面は図2右側のようなものとなるであろう。
上下2面の平行度だけを指示し、その他の寸法はサイズ公差指示として割り切ることで、スペーサとしての機能だけを確保させたいという設計意図が、加工や測定の段階まで正しく伝達されることになる。

図 2 設計意図を明確にした図面例

 

このように、必要な箇所のみに幾何公差を用いることが、設計意図を正しく伝えかつ加工や測定に係るコストを最小限にする、実用的な形体定義の方法の一つであると言える。
なお、図2右の幾何公差指示図面において設計が許容する形状は図3右のようになる。

図 3 設計が許容する形状の解釈

幾何公差が指示されていない箇所の形体(側面や穴)の形状はサイズ公差内で形ができあがっていればよい。
一方、幾何公差の平行度公差が0.1であるため、平行度が指示された面の凹凸や傾きが0.1の範囲内に入っていれば設計的には平行とみなし、スペーサとしての機能要件を満たしていると判断される。

 

■設計意図に沿った加工

では、この必要最小限の幾何公差指示が与えられた図面に基づいた加工について考えてみる。
図4左はこの部品を切削加工で製作する場合を想定したもので、平行度が指示された面及び対向するデータム面には除去加工が指示され、それ以外の箇所には除去加工の要否は問われていない。
そのため同図右に示すように、上下面のみにフライスによる切削加工が施され、その他の箇所は最も基本的な加工方法で済む。

図 4 設計意図に沿った加工例

 

■設計意図を確認する測定

次に、出来上がった部品の測定方法について考えてみる。
図面から読み取れる設計意図はあくまでも上下2面の平行度だけである。
従って測定はこの部品を定盤に載せて対抗する面の平行性を確認できればよい。
図5はその様子を示したもので、定盤上を移動させた時のダイアルゲージの振れがP-P値で0.1以内であれば平行度の設計要件を満たしていることになる。
定盤を使った測定はこれだけであり、その他の箇所の寸法はノギス等で簡易的に検査すればよい。


■幾何公差の目的

一般に、幾何公差を導入する目的は、
・ものの形の崩れの許容範囲をすべからく論理的に定め、設計意図を明確化し、これにより形体定義の曖昧さを排除し、設計品質向上を実現する
ことにある。
しかしながら、より実用的な使い方を考えてみると、
・設計上の重要箇所を相手に正しく伝達する
手段でもある。
つまり、形が崩れては困る箇所(機能が果たせなくなる箇所)への使用に限定することで、結果的に加工や測定に係る工数削減が図れコストダウンにつながると言える。
このことを踏まえると、幾何公差導入の望ましい目的は、
・機能品質を左右する部位に対して厳密な形体定義を行ない、設計意図を明確化し、これにより設計品質向上とコストダウンの両立を実現する
こととなる。


設計意図を読み取る

■設計意図を表現した図面

図6はフランジ付きの中空軸部品の図面で、前述した設計意図の部分だけを幾何公差により指示したものとなっている。
では、この図面から設計者の設計意図を読み解いてみる。

 

■設計意図の分析

図 7 設計意図の分析

図6の図面から幾何公差指示された箇所のみに注目してみたのが図7である。
位置度が指示された2か所について解釈すると次のようになる。

①の指示
データムAからTED5の位置を中心に±0.05(幅で0.1)の範囲内(青斜線)で面Sの傾き、凹凸を規制

②の指示
データムAを第1基準、Bを第2基準に図のz, xy面内方向の位置を固定(A→Bの順)
その次に、Aに直角かつB(円筒C1の軸)を中心としたΦ0.2の円筒公差域内(緑斜線)で、円筒C2の中心線の傾き、曲がりを規制

 

■設計意図の考察

図 8 設計意図の考察

次にこの解釈を元に、設計が意図した相手部品との取り付け関係を推定してみる。
図8はその考察結果の例である。
丸数字を付けた4か所について、幾何公差指示などに基づいた相手部品との組合せ状態を列挙すると次のようになる。

①データム設定
相手部品への取付面

②はめあい公差指定
はめあい箇所(すきまばめ)

③段差部の高さ規制(位置度)
Oリング等によるシーリング箇所

④軸線の倒れ規制(位置度)
相手部品との接触を回避するため、微小クリアランスを確保

 

■設計意図が読み取れる図面

以上の考察から、図面から設計意図を読み取ることをまとめると次のようになる。
設計意図が正しく盛り込まれた図面では、相手部品との関係が重要な箇所に絞った幾何公差指示がなされている。(図6参照)
従って幾何公差指示箇所にのみ注目すればよく、その結果加工や測定に注力すべき点が明確となる上、さらに組立ての段取り検討も容易となると考えられる。


設計意図を伝える

■設計意図が伝わりにくい図面

図9は箱型の部品の図面である。
必要な寸法や幾何公差は記入されており、一見して大きな製図記法上の問題はないが、この部品がどのような用途で使われるのかが判りにくい。
前節で述べたように、幾何公差が指示された箇所は加工や測定において特に留意すべき箇所であり、この図面からはそのような箇所がかなり多いと解釈される。
図面としてはこのままでも問題ないが、この部品の本来の用途を想定した場合はどのような図面指示となるかを考えてみる。

図 9 設計意図の伝わりにくい図面例

なお、図中Ⓔの記号は、はめあい部分の寸法に対して「包絡の条件」を適用していることを示す。
*)包絡の条件:形体の幾何学的形状のばらつき(凹凸や曲がりなど)を含めた寸法が、その形体の最大実体実効状態以内となる条件(JIS B0420-1)


■設計が意図していること

図10の下の図は、図9の部品(以下、対象部品)と組み合わさる相手部品の外観である。
同図上左に示すように、相手部品は対象部品の内側の箱型空間に挿入され、対象部品内の2か所のリブにより面内の位置決めがなされている。
また同時に同図上右のように、高さ方向は上下2か所の受け面で規制されている。
これが設計者が本来意図した対象部品の設計要件であるとすると、この部品の重要箇所は箱型内部の4か所のリブだけである。

 

では、設計要件を満たすための、設計意図が明確に伝わる図面とはどのようなものであるかを考えてみる。


■設計意図が伝わりやすい図面

図11は、前項で説明した設計意図が伝わるように図9を手直しした図面である。
図中赤線を付した箇所がこの部品の重要箇所であり、それらに対してのみ幾何公差を用いて厳密な形体定義を施してある。
他方、相手部品とは特に関連性のない部位に対してはサイズ公差による指示に置き換えておくことで、過剰な加工精度は不要であることを加工担当に伝え、簡易的な測定で構わないことを検査担当に伝えている。
このように、幾何公差を限定的に使い分けることで、設計意図がより伝わりやすい図面とすることができる。

図 11 設計意図を伝えるための改良図面例

 

次節では、設計意図と密接に関連する機能要件に対する考え方を述べる。


重要な箇所に使う

■機能要件は何か

図12の左端にVブロックに似た形状を示す。
これが測定治具としてのVブロックであれば、同図上側のようにほぼ全周面に渡って平行/直角/位置などを厳密に規制する必要がある。
一方、この部品が角材の止め金具の役割を果たすものであるとすれば、同図下側のように要求される機能要件は限定的であり、また注目すべき部位も異なってくるはずである。

 

このように形は似通っていても、その使途によって機能要件は異なることは明らかであり、機能要件に応じた適切な図面指示があって然るべきである。


■機能を必要十分に発揮できる部位はどこか

では、前出の部品が止め金具であるとした場合の図面指示がどのようになるかを考えてみる。
止め金具として重要なのは、V形の受け面と取付用の穴位置であろう。
これを踏まえた図例を図13に示す。
(サイズ公差で構わない箇所の寸法指示は省略してある)

 

図例では、この止め金具を固定するために使用する2つの穴を基準とするため、形体グループとしてデータムを設定後、それを参照してV形の直交する斜面の角度と位置を規制している。
このように、止め金具としての図面は、機能要件を満たす部位に対して必要最小限の幾何公差指示を行なうことで設計意図が明確になり、実使用上は全く問題ない部品を製作するために十分な指示書となる。


■幾何公差は重要管理箇所に使用

本稿の終わりに、改めて幾何公差の意味・役割について述べる。
図14に寸法、サイズ公差、幾何公差を記入した部品図を示す。

図 14 寸法、サイズ公差と幾何公差

まず、寸法に公差を入れるということの意味であるが、それは寸法が公差内に入っているか否かの検査を指示しているということである。
一方、公差のない寸法についてはどうかと言うと、一般には、普通公差(JIS B0405)を適用していることを意味する。
普通公差とは、工場の設備において通常の加工精度で満たすことのできる公差のことである。
従って、生産が安定した状態では都度測定は不要と考えても良いが、設備や作業者等の変更、いわゆる4M変更時は除いて考える。
では、幾何公差を指示した箇所の意味であるが、それは重要管理部位であることを明示したということである。
重要管理部位は、その部品の機能要件を満たすために厳密な形体定義が必要な部分である。
そのため、例えばロット毎の抜き取り検査時に必ず測定を行なって、その部品が機能要件を満たしつつ安定した生産状態になっているかどうか(機能品質を満たしているかどうか)を確認する必要がある。
即ち、幾何公差は機能品質を確保させたい箇所に適用してこそ効果を発揮する、ということになる。

 

まとめ

幾何公差の目的は、機能品質を左右する部位に対して厳密な形体定義を行ない、設計意図を明確化し、これにより設計品質向上とコストダウンの両立を実現することにある。
そのためには、幾何公差を重要管理箇所に重点的に適用することが肝要である。

さて、幾何公差を生かすには、位置や姿勢の基準となるデータムの設定が実は非常に重要であるが、これについては次回に解説する。

 

折川技術士事務所 代表
折川 浩 

〔略歴〕
1981 慶應義塾大学大学院工学研究科機械工学専攻修了
同年ソニー(株)入社、8mmビデオ開発部署に配属
以降民生用、放送業務用映像機器の機構、外装設計に従事
2009 設計改革推進部署にて3DCAD/CAEの設計展開および環境構築に従事
2013 社内基幹技術研修講師として3DCAD、機械製図(幾何公差)の講義担当
2019 技術士(機械部門)登録
折川技術士事務所開設
〔取得資格〕
技術士(機械部門)、1級機械設計技術者、計算力学技術者(固体力学)1級、第3種電気主任技術者 他
〔HP〕
https://opeo.jp