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1ランク上の品質、コストを実現する幾何公差の逆転活用法 第1回 コスト編 「ほどよい曖昧さを残す」

本日より、技術士の折川先生に「1ランク上の品質、コストを実現する幾何公差の逆転活用法」について連載いただきます。第一回はコスト編 「ほどよい曖昧さを残す」です。

 

はじめに

近年機械部品、製品の設計の現場では、幾何公差を用いた図面表記法が浸透しつつある。

幾何公差は製品形状の幾何学的特性すなわち形体の定義から曖昧さを排除する手法の一つであり、

これを用いた設計手法を幾何公差設計法(GD&T設計法)と言う。

本稿では、設計図面に幾何公差を適切に使用することで、コストや品質の適正化を図る手法について解説を行なう。

なお、読者は幾何公差記号の意味や基本用法に関する最低限の知識を有することを前提としているが、可能な限り分かり易い説明を心掛け、既存書籍ではあまり詳しく解説されていない幾何公差の効率的な活用の事例やキーポイントなどについて紹介していく。

 

幾何公差が必要とされる訳

■設計意図の明確化

皆さんは製品開発において次のようなトラブルを経験したことはないだろうか。

・試作では問題なかったのに、量産に入ると組立て不良が出た。

・部品検査では合格した部品だが、ものによって組み付かないケースがある。

・同じ図面で違う加工メーカーに出したら、組み付かないものが出た。

これは

『部品は図面通りにできているが、設計意図通りではなかった』

ということを意味する。

では、なぜこのようなことが起きてしまうのかを考えてみよう。

 

■従来の寸法表記における問題点

– 図面と加工

図1の左はブロック形状の寸法公差付きの図面である。

この図面を描いた時、設計者が想定(期待)しているサイズ(寸法)の変化、即ち許容できる寸法ばらつきの状態は、多くの場合図1中央に示すような公差域内での平行移動であろう。

しかし実際の加工品は図1右のように公差域内で多様な形状を取り得る。 それは完全な平面や直線は現実的には加工が不可能なためである。

そのため、平面であって欲しい面にたとえ公差域内とは言え凹凸が生じている可能性があるが、その理想的な形状からのずれは必ずしも設計が意図したようなものとは限らない。

 

ではこのような、設計者が意図しない形体が何故できあがるのかについて説明する。

図 1 図面と加工

 

– サイズと2点間測定

図2の左はブロック形状の部品図で、幅方向に寸法と公差が記入されている。

ここでは公差が±0.2であるため許容限界サイズは9.8~10.2の範囲内となる。

この図面を元に作製された加工品の測定には、通常図2右のようにノギス等が用いられる。

この場合測定は2点間の距離を測っており、何か所か測定してその数値が許容限界サイズ内に入っていればその部位の寸法は公差内でありOKと判断される。

実際、JIS(B0420-1)には形体のサイズ測定は2点間の距離、即ち2点間サイズであると明記されている。

従って、2点間サイズが許容限界サイズ内に納まっていれば、例え表面に設計が意図しない凹凸や傾斜があってもその部品は合格品と判定されることになる。

 

つまり、

「従来のサイズ公差のみによる製図記法では、このような部品形体の形状の「あばれ」を厳密に抑える術がなく、形状指示方法としては非常に曖昧である」

と言え、このことが冒頭で紹介した製品開発上のトラブルの一因ともなっている。

次では、この曖昧さを無くすための方法について説明する。

 

■形体定義の曖昧さを残さない表記法

図3の左はブロック形状の図面で、幅と高さのサイズ公差以外に上面に対して平行度、右側面に対して直角度の幾何公差指示も入れられている。

例えば上面の平行度が指示された面については、データム(基準面)に対して幅0.2の平行な公差域の中にその面が凹凸、傾斜を含めて収まっていれば、設計としては「平行とみなす」という意思表示がなされているわけである。 これは右側面の直角度についても同様である。

これは、完全な平行や直角は加工できないため、設計的に許容できる範囲を幾何公差値により指定した方法である。

つまり、

「幾何公差を導入することで、設計者が想定している平行や直角といった形体の姿勢の程度を曖昧さを残さず明確に指示した」

ことになる。

図 3 幾何公差による設計意図の反映

 

 

曖昧さのない形体定義

■曖昧さのない図面

では、図4左に示すような2つの丸穴の空いたブロック形状の部品について、曖昧さを排除した図示例を考えてみよう。

ちなみに図4右には従来のサイズ公差指示による図例を示したが、この描き方であっても形状定義として抜けや漏れはなく曖昧ではないように思われる。

図 4 曖昧さのない図面(元図)

 

しかし、図面指示において厳密な意味で曖昧さを無くすということは、サイズ公差指示ではなく幾何公差指示により完全な形体定義を行なうことを指す。

 

これに基づいて作成した図例を図5に示す。

幾何公差を用いた図面表記には設計意図によって多くのパターンがあるため本図はあくまでもその一例であるが、形体定義としては概ね完全なものとしてある。

手順としては、まず基準を明確にするため3つのデータムA,B,Cを定義する。 その際データムとして設定した面に対しては、形状や姿勢に関する偏差も規制するため平面度や直角度の指示も入れてある。

次にそれらのデータムを参照して位置を「完全に」規制する面や穴に対して、TED(理論的に正確な寸法)を伴った位置度による指示を行なう。(図5の四角枠で囲まれた寸法がTED)

 

このように幾何公差を使った図面ではいわゆる「曖昧さ」が入る余地はなくなり、完全な形体定義という観点からは必要かつ十分な図面表記方法であると言える。

図 5 曖昧さのない図面(幾何公差指示後)

 

■幾何公差指示がもたらすもの

海外の図面では幾何公差を使用したものが実際多い。 特に車や携帯機器など多国間でのグローバルな部品調達が一般的な分野では顕著である。

一方、日本の図面では幾何公差を使わないか使ってもごく一部であり、中には誤った使い方も多い。

その結果、製図関連書籍等では

・安定した品質、グローバル化への対応には幾何公差は必須である。

・しかし日本の図面レベルは立ち遅れている。

・このままでは世界の潮流から取り残される。

と警鐘が鳴らされているのも事実である。

 

幾何公差導入による期待効果としては、

「部品の形体定義が完全かつ厳密となり、図面の解釈にばらつきがなくなることから、

加工メーカーによらず同じ品質のものが作られ、また生産のグローバル化に対応できる」

ということが挙げられる。

 

 

 

設計意図を盛り込んだ図面

■設計意図とは

さて、前出の図示例を見て、この図面からどのような設計意図が読み取れるかを考えてみる。

例えば加工者の立場に立つと、

 「全ての形体(面やエッジ)について平行や直角、位置に関して細心の注意を払って加工をすることが要求されている」

と解釈できる。

これには複雑な段取り、多くの検査工数も必要となるであろう。

しかし問題は、『それが本当に設計者の意図したことなのか?』という点である。

つまり、曖昧さを排除した図面が必ずしも設計意図が伝わる図面とは言えないのではないか、という疑問が生じる。

 

先ほどの部品を設計した人が考えていたことが実は次のようなものだったとしよう。

図6左に示したように、設計者は

「この部品は他の部品AとBの間に挟むスペーサである」

「ただし、AとBができるだけ平行になるようにしたい」

「一応軽量化のために穴を開けておいた」

と考えて設計したのだとすると、図6右のような幾何公差による完全な形体定義を施した図面が果たして設計意図を反映していると言えるだろうか。

設計の本来の要求仕様に対して過剰なスペックを指示することになった結果、非常に高価な部品になってしまうのではないかとの懸念もある。

幾何公差を積極的に導入したためにコストアップになった、ということにもなりかねない。

 

■設計意図の伝わる図面

では、先ほどの部品を設計した人の設計意図が伝わる図面とはどのようなものかを考えてみよう。

図7左がその図例である。

設計意図はこのスペーサ部品の上下面の平行度だけが重要、という内容である。

この図例ではその設計意図を反映するために平行度指示だけを行ない、他の寸法はサイズ公差指示としてある。

先に説明したようにサイズ公差指示は2点間距離の測定のみを要求するため形体定義上の曖昧さはあるが、設計的には曖昧でもよい箇所に対してはそのサイズ公差指示でも十分である。

極端に言えば、側面や穴位置の加工状態がどのようであっても、設計者が期待するこの部品のスペーサとしての機能(上下面が平行であればよい)は果たせる。

図 7 設計意図を反映した幾何公差図面

 

 

機能、品質、コストのバランス

■図面の役割

現在、メカ設計の主流は3DCADを使った三次元モデリングであり、3Dデータがあればそれをそのまま加工データに変換して意図通りの形状を作ることが可能な時代である。

しかしその弊害の一つに、図面が軽視されることによる図面品質低下の問題がある。

図面品質の低下は設計意図の伝達が不確実になることを意味する。

そこで改めて図面作成の意義とは何であるかを考えてみると、それは形状に「魂」を入れることに帰着する。

その「魂」とは次のような項目である。

・設計意図の盛り込み→重要部位の指示

・公差の設定→設計上のノウハウ

・仕上げの指示→機能、商品性に関わる付加価値

現在は3Dデータ上にこれらを盛り込むことも可能となっておりその技術・手法は3DA(3Dアノテーション)と呼ばれるが、上記「魂」を2D図面上に入れ込むか3Dデータ上とするかの違いだけである。

 

前述したように、形体を完全に定義した厳格な図面でなくとも、設計意図は十分に伝えることができる。

あえて形体定義上の曖昧さを許す、つまりやみくもに幾何公差を使わないことで、その部品の本当の機能要件を明確にできると言えよう。

 

図面とは、設計意図を正しく相手(加工、検査、組立作業者)に伝える手段である。(図8)

 

■コスト適正化を狙った設計

製品設計においては、機能を満足しつつ、安定した品質で、最小のコストを狙うことが重要である。

もちろん最重要なのは品質であり、機能は設計要件であるためこれは設計スキル(技量)に依存する。

残るはコストであるが、コスト要因には材料、加工、仕上げ、検査があり、これらの情報は図面上にて指示することになる。

なお言うまでもないことであるが、コストを抑えるために機能や品質に譲歩させるようなことがあってはならない。

これらの内、加工、仕上げ、検査にかかるコストの適正化を狙うのであれば、図面指示において 『ほどよい曖昧さを残す』 ことを考えることである。

緩い加工精度を許容し測定を省略、簡略化しても機能、品質を損ねない箇所はサイズ公差指示(=従来の寸法公差指示)で十分である。

現在一般的な3Dデータによる加工では仕上りは加工機の精度で決まるため、データに従う箇所への公差指定は省略し出来合いにまかせる、という論理的な割り切りも必要であろう。

それは結果的に加工や測定にかかるコストの低減(適正化)を図ることにつながる。

 

ただし、ほどよい曖昧さを残しつつ重要な箇所は幾何公差で指示することが肝要であり、これについては次回に解説する。

折川技術士事務所 代表
折川 浩 

〔略歴〕
1981 慶應義塾大学大学院工学研究科機械工学専攻修了
同年ソニー(株)入社、8mmビデオ開発部署に配属
以降民生用、放送業務用映像機器の機構、外装設計に従事
2009 設計改革推進部署にて3DCAD/CAEの設計展開および環境構築に従事
2013 社内基幹技術研修講師として3DCAD、機械製図(幾何公差)の講義担当
2019 技術士(機械部門)登録
折川技術士事務所開設
〔取得資格〕
技術士(機械部門)、1級機械設計技術者、計算力学技術者(固体力学)1級、第3種電気主任技術者 他
〔HP〕
https://opeo.jp

 

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